Digital HR Competition 2024 「ピープルアナリティクス部門」参加レポート
執筆者:ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 研究員 武田邦敬
11月6日、Digital HR Competition 2024のピープルアナリティクス部門のイベントが開催されました。ファイナリストの熱いプレゼンテーションを間近でお聞きすることができましたので、レポートしたい思います!
Digital HR Competition (DHRC)とは?
DHRCはピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会が主催する実践的HRテクノロジーのコンペです。組織の中でテクノロジーを活用してHRを高度化し、人と組織のパフォーマンスを引き上げる取り組みをしている団体や企業の活動を競うイベントです。
HRテクノロジーソリューション部門とピープルアナリティクス部門があり、私はピープルアナリティクス部門のミートアップイベントに参加してきました。非常にハイレベルな内容で大変驚くとともに、楽しい時間となりました。
審査の結果、ピープルティクス部門のグランプリはLINEヤフー株式会社様となりました!
以下、ファイナリストに選出された5団体の取り組みについて簡単に解説します。(プレゼンテーション順)
NECビジネスインテリジェンス株式会社
テーマ
組織文化を変えるエンゲージメントスコア向上の取り組み
因果分析による「幹部が加速するコミュニケーション施策」の効果検証
取り組みの技術的ポイント
エンゲージメントスコアを向上させることを目的に、データを活用してマネジメントの課題を発掘し、段階的に改善した取り組みです。ポイントは、仮説検証の王道ともいうべきプロセスを回転させたことでしょう。
具体的には、まず課題構造の検討に人材版伊藤レポートで提唱された3P・5Fモデルを採用したことがあげられます。そして、仮説をベースに共分散構造分析を使って課題の発掘を行い、施策実行後に独自のマッチング手法を使って効果検証を実施されています。
一方、審査委員の先生方からは、3Pと5Fはレイヤー(意味合い)がことなるので、同列に並べてパスを解析するには注意が必要だというコメントもありました。とても参考になりますね。
こうした取り組みを2年もかけて実施されたということで、本当に素晴らしいことだと感じました。実際にエンゲージメントスコアも目標に近づいているということで、データドリブン人事のパワーを感じました。
株式会社薬王堂
テーマ
心理指標と事業数値との相関分析と、効果的な介入施策検証
信頼とモチベーションの組織分析から、働きがいと売上の両立を実現する方法
取り組みの技術的ポイント
売上向上を目的に、人事施策をデータドリブンで実践した意欲的な取り組みです。後に関係者に詳しくお聞きできたのですが、データドリブン経営の考え方がかなり取り入れられた企業だと感じました。
アドホックに心理指標と売上の関連を分析したのではなく、マーケティング分野での緻密なデータ分析活動が前段にあり、その延長で組織開発やチェンジマネジメントのテーマに発展したのだそうです。まさに戦略人事といえる取り組みではないでしょうか。
具体的には、以前から積み上げてきた売上構造や影響要因の知見を活用して、心理指標と売上の関係をモデル化。この過程で、組織サーベイを活用してチェンジマネジメントの仮説を深堀し、指標単体でなく組み合わせが重要な要因であることも発見されています。
こうした分析で「まきこみ力」の向上がポイントとわかり、一部に向けて研修施策を実施。その後、差分の差分法を使ってその効果を検証しています。事前に売上の構造を把握した上で因果推論を活用していることがポイントだと思いました。
東京電力エナジーパートナー株式会社
テーマ
組織診断分析におけるLLMを活用した分析標準化の取り組み
組織診断アンケートの集計・分析・対策立案までをLLMで自動処理する仕組みを構築
取り組みの技術的ポイント
生成AIを使って組織サーベイの自由記入欄の解析を効率化した取り組みです。人事分野でも生成AIの活用が盛り上がってきていますが、この取り組みはスタンダードな取り組みになるのではと感じました。
組織サーベイを取るということは、多くの会社で日常的な風景になっていますが、その集計作業には多くの手間がかかっています。サーベイツールのおかげでアンケートの回収や選択式項目の調査は楽になりました。しかし、自由記入欄の解析は今も人手で実施され、とても手間がかかっているとよく聞きます。今回の取り組みはこの問題を解消するものです。
技術的なポイントは生成AIの使い方にあると思いました。アンケートデータをAIに渡していい感じでお願い!という丸投げは上手くいかないのだそうです。具体的には、①まずは生成AIを使って記入内容のトピックを特定し、②得られたトピックをもとに記入内容を分類、③そしてトピック毎の内容を要約することで調査レポート完成させたとのこと。
処理を分けて実施することがポイントですね。人事分野でのLLM活用の有望なユースケースになると強く感じました。
LINEヤフー株式会社
テーマ
360度評価におけるバイアス除去技術の開発と社内への展開
評価者の甘辛等のバイアスを統計処理で除去し評価結果の相対比較を可能にする
取り組みの技術的ポイント
人事評価の悩みどころの一つが評価者のバイアスが入り込むことです。人が人を評価する以上、完全にフラットな評価を期待する方が無理があるというものです。この発表では、360度評価のバイアスを除去する進歩性のあるアプローチが提案されました。
目標管理に基づく業績評価は個人だけでなくチームや組織の実力も入り込みやすく、その評価値をもって純粋に個人を評価することには困難を伴います。360度評価は個人に着目した評価ですが、評価者のバイアスが入り込みやすいためその評価値同士を比較できないという問題が指摘されてきました。
こちらのチームでは、スポーツ分野で提唱されたBradley-Terryモデルを応用してこのバイアスを除去し、360度評価データを展開できるようになったということで、本当に驚きました。なんと、かのKDD2025に論文を投稿しているとのことで、さらに驚きました!
ピープルアナリティクスの取り組みがKDDに掲載される(かもしれない)というのは、胸に来るものがありました。非常にハイレベルな取り組みでした。
発表時間の関係でアルゴリズムの詳細が分からなかったのが残念でした。360度評価の評価者と被評価者の関係性をネットワークで表現し、その後Bradley-Terryモデルを適用したとこのことですが、どのように適用したのか気になって仕方ありません。こちらやこのあたりの論文が関係ありそうな気がします。うずうずしながら正式な論文を待ちたいと思います。
三菱UFJ信託銀行株式会社
テーマ
エンゲージメントやパフォーマンスに繋がる理想の働き方探究
ダッシュボード/相関分析/決定木を用いた、働き方データの活用提案
取り組みの技術的ポイント
この取り組みは人事分野での地道なデータ活用の道筋を示すものだったと思います。副題にダッシュボードとありますが、よくあるダッシュボードを作ってみたという話ではなく、ダッシュボードを作ったものの思うほど使われなかったという失敗談から話がスタートします。ここにリアリティがあります。
着目すべき点は大きく分けて2つあります。ひとつは、ユーザー目線でダッシュボードの改良を続けていったことです。その際、シンプルさを追求し、忙しい現場マネジャーが見たくなるように工夫したというのが素晴らしいところだと思いました。見てほしい情報をダッシュボードに詰め込んでも見てくれなければ意味がありません。入口をシンプルにするというのはとても重要ですね。
もうひとつの着目点は、丁寧にデータを探索しながら課題や仮説を深堀していったことです。データ項目同士の相関分析から始まり、決定木を使って構造を考察しながら、データを分割して分析を進めるといった具合いです。
データ分析というと、確たる仮説ときっちりした実験デザイン&統計モデルで検証することしかありえない、という印象を持っている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、人事のようにRCTができず、かつ明確なメカニズムの仮説のない分野では、このような探索的なアプローチは有効だと思っています。
まとめ
この記事では、Digital HR Competition 2024 の「ピープルアナリティクス部門」についてレポートしました。私は運営スタッフとして現地でお聞きすることができたのですが、ハイレベルかつ熱い発表の連続で楽しかったです。私のクライアントも聴講されていたらしく、とても刺激を受けたとおっしゃっていました。このようなイベントには大きな意義がありますね。